<時代の空気を伝えるジャーナリズム>

「アクセス!静岡・土曜スコープ」は2001年4月にスタートし、只今3年目に入っています。

月〜金のSBSテレビ夕刊では伝えきれない「ニュース」や「企画モノ」をもう一度時間をかけてじっくり伝えようとするSBSの報道特集です。静岡に関するニュース・出来事を詳しく紹介したり、ニュースをヒューマンドキュメンタリーにしたり斬新な切り口で特集を制作しています。

これまで放送してきたものには「静清合併までのドキュメント」「松菱自己破産の日・ドキュメント」「大道芸人の人生」「アフガン現地リポート」「大物中学生力士の挑戦」などがあり、政治・経済・話題・スポーツ…様々なジャンルにカメラが鋭く、時に優しく入り込んできました。放送は生。スタジオゲストに森田実さん(政治評論家)、松木安太郎さん(サッカー解説)、山本昌邦監督など第一線で活躍する方を招いて「今」を熱く語ることもしてきました。

今後も土曜スコープは「静岡の今」にこだわり、SBS報道班が総力をあげ時代を鋭く斬っていきます。みなさまの温かいご支援をお願い申し上げます。

土曜スコープ プロデューサー水鳥誠
 



毎週土曜日 18:00〜18:30

澤木久雄キャスター
誕生日 10月21日
血液型 A型
出身地 浜松市
中澤志月キャスター
誕生日 10月1日
血液型 A型
出身地 埼玉県






番組の内容
11月15日(土)「今も毒ガスの危険?旧日本軍化学兵器」

次回は先の戦争で日本軍が開発したとされる毒ガス弾について考える。実は戦後になって浜名湖沿岸で何回か毒ガス騒ぎが起きていることをご存知だろうか。さらにここ浜松には当時、三方原教導飛行隊が存在したのだ。
周辺での幾つかの毒ガス発見とこの飛行隊に何らかの関係があるのだろうか。半世紀を超えてなお影を落とす戦争の後遺症を今回、浜松という場所を通して改めて検証したい。

地元の方は勿論、県内のあらゆる方々にぜひ見て頂きたい。そして物事の処理の仕方、社会的責任というものについて皆で話し合って頂きたい。


今年3月、茨城県内でヒ素に汚染された地下水を飲んだ住民に、深刻な健康被害が出ました。原因は、旧日本軍の毒ガスでした。

そして、静岡県も、無関係ではありません。幸い被害は出ていませんが、戦後、たびたび毒ガスが見つかり騒ぎになっていました。
実は、浜松に毒ガスの部隊があったのです。戦時中は極秘とされていたため、それが戦後不幸な事故を起こしてしまったのです。


昭和22年、奥浜名湖の静かな湖畔に、ドラム缶が浮き上がっているのをある兄弟が発見しました。それを見つけ、フタを開けてしまった兄弟は、吹き上げる黄色い液体を浴びてしまったのです。


兄弟は全身火ぶくれとなり、「水をくれ」また、「体中が痛い痛い」と言い続けて亡くなったと、遺族や、当時治療にあたった医師の身内は語ります。
その液体の正体は「イペリット」というものでした。

イリペットは、第1次大戦中のドイツで、大量殺人兵器として開発されました。皮膚がただれる「びらん性」の猛毒ガスです。
そして、この毒ガス自体も浜名湖の周辺の地域にあったということがわかってきました。


まず、その毒ガスが入っていたと思われるドラム缶は、浜名湖岸から、船で運ばれ、捨てられたという話がありました。


さらに、昭和47年に政府によって作成された、調査報告書によると、国が毒ガスの保有場所に、三方原の陸軍技術研究所と教導飛行団の2ヶ所を指定していました。そこには、猛毒ガスのイペリットなど合わせて18tあまりが保有されていました。
昭和51年には、浜松市内で、ガス管の埋設作業をしていた作業員が、旧日本軍の埋めたイペリットと見られる猛毒ガス缶を発見。住民200人が避難する大騒ぎとなりました。


ドラム缶は、遠州灘に投棄して処理され、事件は数日後、収拾に至りました。
毒ガス騒動があった敷地の隣には、毒ガス戦の訓練部隊だった「三方原教導飛行団」がありました。
「三方原教導飛行団」は、昭和19年4月に創設されました。毒ガスの「用法」、扱い方を訓練する、極秘部隊でした。

その毒ガスは終戦を迎えた時、一体どうなったのでしょうか。
部隊の指揮官の1人は、手記の中で、「部隊所有のイペリット16トン、ルイサイト2トンは…」とあります。この後に続くはずの処理の真実について、肝心の部分だけが空白になっていました。

1950年、政府の手で浜名湖は全域に渡り掃海され、毒ガスの撤去は完了したことになっています。しかし、毒ガス騒ぎは、その後も後を絶ちません。真相が解明されない以上、終わりが訪れることはないのです。

   【澤木キャスター今週の総括】
太平洋戦争で、多くの犠牲者が出たことを知る者は多い。ところが日本軍が開発した毒ガス兵器が国内、それも我々の住む静岡県で今もなお眠っている可能性があることは殆ど知られていないのだ。その恐さはこの種のガスが恐ろしい砒素中毒の危険性を今も持っているということ。そしてそのガスを入れた容器がどこに埋設されているのか実は誰も知っていないという点に尽きる。

数少ない証人達ももはや高齢の皆さんばかりで、聞き取りに残された時間はそう長くはない。一体、なぜ、もっと早く調査が行われなかったのか。政府の対応の遅さにも怒りを覚える。もうひとつ、危険なものは海(湖)に捨てるという意識、当時の感覚はこんなものだったのだろう。日本人共通の「汚いものは水に流す」意識を変えないことには、我々が安心して住める日は来ないだろうな。



   【中澤キャスターの一言】
先週、初めて温泉ロケしてきました。天城湯ヶ島の白壁荘と東府屋に行ったのですが、とっても気持ち良かったです。

まずは白壁荘の巨石風呂。あんな大きな岩が家の下に埋まっていたなんて不思議ですよね〜。これはお風呂にするしかないでしょ〜!露天風呂でお湯加減もちょうど良く、オススメですヨ。アメリカ大リーグ、マリナーズの佐々木や、千代大海関も入ったという日本一になるジンクスのあるお風呂ですから、私も期待しちゃおうっと。(何の日本一!?)

東府屋は、一部屋一部屋違うお風呂があり、窓から見える景色も最高で、とってもステキでした。さすが老舗。プライベートでも行きたいと思う宿でした。

初温泉ロケ、とっても楽しかったです。これからもどんどん色々なところにロケに行きたいなと思いました!



   【取材記者の裏話】
戦時中に、日本軍が所有していた化学兵器「毒ガス」。終戦直後に捨てられたこの毒ガスが、地下水を汚染したのが、茨城県神栖町のヒ素事件です。この事件がきっかけとなり、環境省と各都道府県が一体で、毒ガスの全国調査を実施。11月の末には、その結果が公表される予定です。ただ、国はすでに昭和47年にも同じ調査をしており、その時点で、終戦時の毒ガスの保有状況に関して「実態の全面的把握は調査不能であった」としています。それが、30年経った今、実態把握出来るものなのでしょうか?とは言え、少しでも事実が明らかになる事を願っています。

その昭和47年の調査時に、国が把握していた全国18カ所の「毒ガス保有場所」。そこには、「静岡県引佐郡」の「陸軍技術研究所三方原出張所」と「三方原陸軍教導飛行団」の2カ所が含まれていました。今回の調査は、この資料に基づき、浜名湖周辺の2市5町で行われました。その結果、県内の調査箇所から「毒ガスの成分は検出されなかった」ということです。

今回の番組では、「そもそも何故、浜名湖に毒ガスがあったのか?」というテーマで、地域の歴史の真相を探りました。昭和22年に細江町で起きた、毒ガスによる死亡事故。そして、昭和51年に浜松市内で、工事現場から毒ガス缶が見つかった騒動。この2件を取り上げることで、そこから見えてくる「毒ガスの処理方法」と「毒ガス部隊の存在」を伝えようと、取材しました。

毒ガスによって、突然、家族を奪われた遺族。その一方で、毒ガス部隊に配属されたがために、心に重い秘密を抱えたまま暮らす、元・毒ガス部隊の隊員。それぞれに、辛い思いを背負って生きていることを、面と向かってみて、強く感じました。それから、そのような証言が、毒ガス被害を未然に防ぐ上で、とても重要な意味を持つと思います。番組の取材にあたり、貴重な証言を寄せて下さった皆さんに、感謝しています。
取材 笠井千晶




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