先週、宮城県仙台市で女子バスケットのオリンピックアジア予選が行われました。日本は準決勝で強豪・韓国と対戦。
韓国絶対有利という大方の予想を覆し、再延長の末、日本が劇的な勝利を収めました。
日本代表でシャンソン化粧品の永田睦子選手のプレーも輝いていました。
アトランタ以来2大会ぶりのオリンピック行きを実現した日本代表。
初めて自分の手で、オリンピックチケットを勝ち取った静岡・シャンソン化粧品のエース永田選手の戦いの奇跡を追いました。 |
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1996年のアトランタオリンピック。日本は、モントリオールオリンピック以来、20年ぶりとなる世界の桧舞台・オリンピック出場を果たしました。
この時、永田選手は日の丸をつけて、世界の舞台で戦っていました。成績は、7位入賞。ゴールを決めて永田選手もガッツポーズを見せました。
永田選手は、「オリンピックはまさか出られるとは、思っていなかった。もう1度出たい。」と語っています。 |
永田選手は長崎純心高校から、当時の日本リーグのシャンソン化粧品に入社しました。当時は20年に1人の逸材と言われたそうです。
元シャンソン化粧品監督、中川文一さんは、「中学生でバスケットのゴールを両手で握る選手がいる」という噂を聞いたり、永田選手が長崎純心高校1年の時に、実際にプレーを見て、パワー・スピードがあり、すごい選手であったと話しました。
永田選手の持ち味は、力強く・出足の早いプレー。社会人1年目から日本代表候補に、名を連ねました。その後ずっと、名前が消えたことはありません。現在のWリーグでは、6年連続8回目のリーグベスト5に選ばれるなど、永田は日本を代表する選手になりました。 |
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1999年、静岡市でオリンピック予選が開催されました。この大会では、日本のユニフォームに身を包んだ永田選手の姿がコート上にありました。
アトランタのオリンピックでは、本選から代表入り。初めてのオリンピック予選でした。
アジアの強豪と戦う予選リーグ。永田は日本の主力としての活躍を見せ、5チームで戦った予選リーグを日本は「首位」で突破し、決勝トーナメントに進みました。 |
2大会連続のオリンピック出場を賭けた韓国との決勝戦。
この時のオリンピック出場枠は1つ。台湾との準決勝で、永田選手は足首を痛めていました。しかし、永田選手は平静を装って、ファイナルに先発出場しました。
足の痛みを押しながらも、ディフェンスも含め、チームに貢献。しかし、わずか3点の差で、シドニーオリンピックの夢が消えてしまいました。 |
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永田選手のニックネームは「ミラ」、奇跡を意味する「ミラクル」からつけられました。
普段はひょうきんな一面を見せますが、コートに入ると表情は一変します。チームメイトであるシャンソン化粧品の三木選手は「コートに入ると誰にも負けないぐらい一生懸命。しかし、コートを離れると、料理やお菓子作りが得意で、女の子らしい一面があります」と話します。
また、元チームメイトで日本代表でも活躍した加藤貴子さんは、「ゴールを決める勢い、そのさまが人と違います」と語ります。 |
仙台でアジア選手権が開催されるため、全日本選手権は開催が早まり、勝ち進む選手達に年末年始の休みはありませんでした。
永田選手は、「年末の紅白歌合戦を見て、みかんを食べたりする、一般的な正月に憧れます。」と語ります。 |
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年が明けて、1月8日日本代表の直前合宿に取材カメラが入りました。
ジャパンエナジーの浜口、シャンソン化粧品の永田など、日本のトップメンバー12人がまもなく始まるオリンピック予選に備えていました。
永田選手と同じ、日本代表である、ジャパンエナジーの浜口選手は「永田選手は奇跡的ですよね。こんなボールが取れる。ここから、そこまで走れるか。あそこから、もうあんなところまでいる」と高く評価しています。 |
仙台で行われたアテネオリンピックアジア予選。オリンピックへの枠は2つ。
永田選手は、「1996年のアトランタオリンピックでは、先輩達につれていったという思いが強いので、今回は自分たちの力でどうしても勝ちたい」と語ります。
この日は韓国との準決勝戦。勝てばアテネへ、負ければ翌日の3位決定戦。前回シドニーへの道を阻んだ韓国に勝って、チケットを手にしたい日本。
応援スタンドには、永田選手のお母さん、弘美さんの姿も。
「ケガをしないように。(韓国を下して、アテネに)行ければいいですけど、祈っているだけです。」と弘美さんは話しました。 |
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試合は韓国絶対有利と見られたものの、第1クォーターから、スピードあるプレーの日本は観客の声援を味方につけ、互角の戦いを見せます。
試合は延長でも決着はつかず、再延長へ。
この時を永田選手は「次の日の3位決定戦に賭けるつもりでいた。勝ち負けを意識するようになって、体が固くなってしまうのではと思い、目の前のことに集中するようにした」と振り返ります。 |
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再延長では、日本・韓国ともに得点は65点。
永田選手はジャンプシュートを決め、日本の攻撃に火をつけました。
試合は81-72で、日本が勝利、2位以上が確定し、オリンピックへの切符を獲得しました。 |
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試合終了後、永田選手は、「試合が最後までわからない状態だったので、韓国が放ったシュートがリングをくぐるまではディフェンスをがんばっていた。」と語りました。 |
予選終了後、永田選手を取材した際、番組からお祝いをプレゼントしました。
特にイチゴで作った、選手5人の顔がお気に入りのようで、記念写真を撮ってからいただくと話していました。 |
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