テレビ夕刊
野路毅彦の気になった特集週1便

【2005年2月16日】
2月16日(水)の「応援します。頑張っている人」のコーナー。自作の、映像と俳句を収めた作品がAV機器メーカー主催の「第27回東京ビデオフェスティバル2005」で、佳作を受賞した、近藤甚之助さん(71)を紹介しました。

もともと、8ミリフィルム・ビデオの撮影が趣味だった近藤さん、その「映像」に、後に始めた、趣味である「俳句」を合体させ、「ビデオ句集」なるジャンルを完成させました。

例えば、 「大根洗う みどり児の尻 拭ふごと」 近所で出会った、青首大根を抜き、ついている泥を水で洗う作業、その風景と、誕生した初孫が産湯で洗われる様子を重ね合せ、思い浮かべた句です。大根の青い部分で、赤ん坊の尻の蒙古斑を思ったという、色による連想も、句に盛り込まれています。

俳句の素養がある人は、文字で見ただけで、あるいは、耳で音を聞いただけでも、「大根を、そして、赤ん坊を持つ手の格好と、洗う手の優しさ」を、鑑賞できるはずですが、俳句に親しんだことがない人のためには、映像付きだと、俳句が、格段に分かり易く、ストレートに伝わります。

特に、この句の場合、描かれている場面は一つではありません。シーンその1は、大根を洗う農作業。シーンその2は、初孫が産湯を使うところです。この2つのシーンが、映像の編集によって、時間・空間を飛び越えて、連続して展開されることで、鑑賞する側が2つの場面を結び付け、連想することを助けてくれます。
また、カラー映像があることで「みどり児」に込められた、さらなる2つの意味(=蒙古斑と、大根の青み)に気付くことが出来る人の割合も増えるでしょう。

ひょっとすると、松尾芭蕉は、こういうことがやりたかったのかもしれません。紀行文と随想の中に配される「五・七・五」は、さながら、風景・情景を切り取った1枚の写真や、短い映像のようにも思えるからです。
そう考えると、俳句は、決して「古臭い」表現ではないし、中高年だけの趣味に留まらせておくのは、勿体無いと思います。季語という、一種のハードルはありますが…

季語のない「五・七・五」が、川柳。いわゆる「サラリーマン川柳」には、毎年多くの投句があり、広く紹介されて、現代ビジネスマンの共感を得ています。

近藤さんの句には、「サラリーマン川柳」の、「その後」を思わせるような作品もあります。「行く秋や 孫に取り入る 四つん這ひ」 近藤さんは元銀行員、現役時代と違って、今は「ごきげんを取る」のが楽しいといいます。という一方で、いいおじいちゃんで終るのも、ふがいないような気もするという思いが込められた句です。


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