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8月4日 国体(1) 「オレンジ旋風が吹いた昭和32年の静岡国体」
今から46年前の昭和32年(1957年)静岡県で国民体育大会(国体)が初めて開かれました。
夏季大会は、今は公園となっている浜松市営元城プールをメイン会場にして、華やかに開催されました。しかし当時は屋外プール。現在の屋内プールの様に、水温を一定にすることは難しく、予想外に水温が低かったため、静岡県勢の優勝は、教員100メートル背泳に出場した野島宏選手(信愛高、今の浜松学芸高)の1種目のみと振るいませんでした。
10月には静岡県営草薙運動公園陸上競技場をメイン会場に秋季大会が行われました。開会式当日に、交通規制が敷かれたのは今も昔も変わりません。しかし当時は、オートバイやスクーター全盛の時代。草薙競技場へは、当時、まだ数少ない自動車では入れたものの、オートバイなどは進入禁止だったのです。
オレンジ旋風は、秋季大会でおおいに吹き荒れました。
静岡県は、陸上競技・サッカー・剣道・フェンシング・自転車競技の5競技で優勝し、見事に天皇杯を獲得しました。それまで天皇杯は、東京都が獲得し続けており、地方に初めて天皇杯が渡った記念すべき大会でもあったのです。
静岡県職員として、静岡国体の開催に尽力した伊藤英一さん(静岡陸上競技協会中部支部副会長)は「まさか天皇杯を獲得できるとは思ってもいなかったです。」と振り返っています。

天皇杯の授与式では、白い手袋を着用して賜杯を受けるのが慣例となっていますが、この時、静岡県では用意しておらず、最終日に急きょ、買いに走ったというエピソードを、伊藤さんが懐かしそうに話してくれました。
秋季大会最終日の草薙陸上競技場。静岡県応援団でぎっしり埋まったスタンドの観衆の期待は、400メートル(4x100メートル)リレーでした。男子の高校・一般、男子の青年・教員、女子の高校・一般(現在とは区分が違う)の3種目。

男子の高校・一般には、小沢勲さん(沼津商高・故人)、鈴木章介さん(早稲田大学)、小掛基充さん(大昭和製紙)、浅井幹夫さん(大正海上火災・故人)の4人。
男子の青年・教員には、伊藤孝彦さん(沼津市立高)、石川昭治さん(静岡商高)、鈴木勉さん(国産電機)、中山勝善さん(韮山小)の4人。

女子の高校・一般には、漆畑淑子さん(西遠)、田中八千代さん(西遠)、菊池徳子さん(大昭和製紙)、中条一子さん(日体大)の4人が出場しました。

予選・準決勝・決勝と、いずれもトップでフィニッシュした静岡チーム。スタンドは大歓声に包まれました。陸上王国・静岡、オレンジ旋風吹き荒れる…このフレーズは、最終日のリレーを観戦したあるライターが初めて使った言葉だったのです。
これは隠れたエピソードですが、国体開催の前年昭和31年1月には、国会で「国体の地方開催中止」の閣議決定されたのです。しかし静岡県関係者が署名活動を行い、節約・規模を縮小しての開催でと国に陳情活動をして開催にこぎつけた静岡国体だっただけに、この天皇杯獲得は、格別な喜びがあったのです。


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